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上杉謙信公旗揚げの地、
    新潟県長岡市

栃尾観光協会タイトル

Ⅰ栃尾の雁木通り ~長い冬の中で生まれた雪国の文化~

昭和の冬の雁木 栃尾の市街地の目抜き通りの両側には延々と雁木が続く。
雁木とは冬季間においても地域の生産活動や商業活動を断ち切らせないために生まれた豪雪地帯特有の「冬の生活道路」である。
 重機による除雪が普及するまで、大屋根の雪は道に投げ下ろすしかなかったために、町の通りは降り積もる雪と屋根から降ろされた雪で瞬く間に埋め尽くされてしまう。天気の良い日には、高い雪山に作られた細い道を行き交ったが、普段はもっぱら雁木が往来道であった。そして反対側の雁木へ行くには、ところどころに作られた雪のトンネルをくぐり抜けた。トンネルの向こう側で角巻(けいおん)を羽織った婦人同士が挨拶を交わしている姿が今でも目に焼き付いている。雁木を歩くと雁木の上(二階)まで積もった雪で日の光が射さないところもあったが、雪が白いせいかあまり苦にならなかった。晴れた日に雁木から見上げると、二階まで積もった雪で電柱や電線がようやく顔を出している高い雪山に作られた細い道を行き交う人々の足のみが見え、挨拶を交わしている声が聞こえるなど、今では見ることのできない雪国ならではの情景があった。いずれも近くて遠い時代の思い出となっている。
 雁木には母屋に雁木が内蔵された「造り込み雁木」と母屋の外部にひさしを付けた「落とし込み雁木」がある。またその中間の「半造り込み雁木」や「出窓式」あり、さらに母屋の屋根と雁木との位置関係で「平入り」と「妻入り」ある。 雁木分類図栃尾の場合、切妻造りの商家が道路に対して妻入りに建ち並んだ落とし込み雁木が多く見られる。雁木は一見すると公道のように見えるが、実は各商家の私有地であり、さらに私財をもって作られたいわば自発的な往来道である。雁木分類図通りに面した家々が自分の間口分だけを作り、隣り合う雁木同士を連結させるのである。そのためそれぞれ外観や路面の素材もさまざまで、隣同士の幅や高さが異なり、段差が生ずることも多々ある。雁木には大雪でも快適に通行するための工夫として、吹雪や降り積もった雪が雁木の中まで雪崩れ込まないように配慮した明かり取りのガラス窓が取り付けられたものもある。同様に、ひさしを支える前面や側面の柱の間に「囲い板」や「落とし板」などの雪囲いがなされた。雁木 落とし板溝雁木の語源には「雁の行列のようにギザギザの形をしたもの」など諸説あるが、それぞれの商家によって作り方が異なり、遠くからそれらを眺めると、まるでモザイク調の重なりを思わる一種独特な風景が展開されている。それが雁の群れが飛ぶ姿を連想させたのだろうか。
 栃尾は中世の山城・栃尾城の麓に形成された城下町である。当初は役所街の大町を中心として紬(つむぎ)仲買や行商・小商いなどが並び、商店街が形成されていた。さらに近郷からの移住者が激増し、石屋や屋根葺きなどの職人町が連なり、雁木はその役所街の一角の13~14軒から始まった。天保~寛永年間(1830~54)ころになると、紬商などの商店街から「小雁木取り付け」の嘆願書がたびたび出されるようになり、雪国における商業には雁木は不可欠な条件となっていき、しだいに軒を連ねていった。明治30年(1897)ころには約400軒、昭和45年(1970)ころには約600軒の商家があったが、その大半は栃尾郷の中心である栃尾町に集中していた。その街道筋に並ぶ商家に雁木が次々と延びていき、総延長はおよそ4.3㎞に及んだ。全国で上越市高田、長岡市に次ぐ長さである。しかも今日においても約3.5㎞(出典:栃尾市雁木実態調査)と高い残存率を示し、また古くからの姿もところどころ残しており貴重な存在となっている。(関連資料・国土交通省北陸地方整備局「雪国が育んだ雁木の再整備手法に関する調査について」
 近年、昔ながらの風情とぬくもりのある雁木を新しいまちづくりに生かす取り組みが始まっている。1997年からは栃尾表町・新潟大学・長岡市の協働による雁木プロジェクトが生まれ、学生のデザインによる雁木づくりが地域と一体となって進められている。また、町おこしの一環として毎年5月3日~5日「とちお町めぐり雁木あいぼ」といったイベントが企画され、市内外の多くに人が雁木の散策を楽しんでいる。

〈栃尾観光協会 石田哲彌〉

Ⅱ昔ながらの風情とぬくもりのある雁木を 新しいまちづくりに生かす取り組み

1,まちの駅「栃尾表町雁木の駅」と栃尾表町「雁木プロジェクト」

 「まちの駅」とは、誰でも気軽に立ち寄って無料で休憩やトイレを借りられたり、地域の観光・イベント情報を入手できるまちの情報スポットです。「栃尾表町雁木の駅」では、「雁木プロジェクト」で新潟大学の学生がデザインした雁木の模型の展示や解説で栃尾表町の街並みを紹介しています。

詳しくは、新潟大学西村研究室HP(雁木プロジェクト)をご覧ください。

2,「とちお町めぐり雁木あいぼ」

 毎年5月3日~5日に開催される栃尾の雁木の街並みを活かしたイベントです。雁木をウォーキングすることで「体」を鍛え、栃尾の伝統文化にふれあい「頭をリフレッシュ、美味しいもので「おなか」も満足。しかもスタンプラリーを完成して栃尾の特産品もゲットできる欲張りなイベントです。
※「あいぼ」とは、栃尾弁で「歩こう」の意味です。

詳しくは、とちお町めぐり雁木あいぼページをご覧ください。

3,鉄から木へ

 栃尾の雁木も、時代の流れで柱は木材から鉄柱へ外壁も新建材で建て替えられることが多くなりました。そんな中、栃尾表町以外でも近年建て替えに伴い木造で新築する雁木が見られるようになりました。母屋は鉄筋コンクリート造りや現代的な外壁であるが、雁木には木材を使っている。快適で丈夫な現代の建築と昔ながらの風情を残す雁木が見ごとに調和され、雁木の新しい姿を予感させるものである。

Ⅲ「とちお町めぐりまっぷ」を持って栃尾をあいぼ!!

1,「とちお町めぐりまっぷ」をゲットしよう!!

 「とちお町めぐりまっぷ」には雁木のある通りの場所はもちろん、小路(こうじ)の名前と由来を紹介した町めぐりのシンボル「木組看板」、新潟大学の学生が作成した屋号看板、「〒」の窓枠がカッコイイかつての郵便局など栃尾の街並みの魅力がたくさん紹介されています。「とちお旨いものまっぷ」はお食事にお土産に大活躍間違いなし。こちらも要チェックです。
 さあ、「とちお町めぐりまっぷ」を持って栃尾をあいぼ!!
 右のサムネイルをクリックするとPDFファイルが開き印刷できます。
印刷したものは道の駅R290とちお・栃尾観光協会インフォメーションで無料で差し上げています。その他のパンフレットもご用意しております。まずは道の駅で情報収集しましょう。

とちお町めぐりまっぷとちお町めぐりまっぷ
とちお旨いものまっぷとちお旨いものまっぷ

2,雁木の他にも見ておきたいポイント

①秋葉神社奥の院「石川雲蝶作の社殿彫刻」(まっぷ・中央やや下)
「貴渡(たかのり)神社」「曹源寺」とともに栃尾の石川雲蝶三大彫刻のひとつである。秋葉信仰の象徴である「大天狗」と「鴉(からす)天狗」をモチーフとしている。
②秋葉公園「上杉謙信公銅像」(まっぷ・中央やや下)
銅像の背後には栃尾城跡のある城山が望める。栃尾城は謙信公(当時の名は景虎)が14歳で兄の命で郡司として下向し治めた城である。忘れず銅像前で記念撮影!!
③瑞麟寺(ずいりんじ)跡(まっぷ・右上)
現在は守門岳を背に石碑が建つのみであるが、ここは上杉謙信公が青年期修行に励み「義の心」を悟った地である。ここには往時謙信公が日々仰ぎ見た守門岳が戦国の世と変わらぬ姿でそびえ立っている。まさに「瑞麟寺跡に立つことなくして『義』の心を語ることなかれ!」である。

詳しくは「義の心」発祥の地、栃尾をご覧ください。

Ⅳ 雁木の街並み

1,春の雁木

諏訪神社春季大祭・大名行列雁木あいぼの準備で、雁木は紅白幕で彩られ子どもたちが作ったてまりの短冊が風に揺れる。てまりまつりの朱色ののぼりと雁木あいぼの藍色ののぼりがはためき、雁木をカメラに納める人やスケッチに訪れる人たちも見受けられるようになり、冬の間少し寂しかった雁木に春がやって来ます。
春の雁木

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上杉謙信と栃尾

秋葉三尺坊(秋葉神社)

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